■ 科学革命と物理学
16 世紀から17 世紀にかけて, 私たち人類は科学革命(The Scientific Revolution) という大規模な転換を経験した。科学革命以前, すなわち中世においては, アリストテレス的な目的論的自然観(teleological view of nature) が支配的であり, この世の森羅万象にはそれぞれ何らかの価値と目的が与えられ, それらの事物はその合目的性によって振る舞うと考えられていた。しかし, 科学革命によって, 自然をある一定の規則によって動く「機械(machine)」として捉える機械論的自然観(mechanistic view of nature) が台頭し, 近代科学という新たな学問の建設に繋がり, 当時の人間の思考方法を一変させたのである。
科学革命の中心となったのは, ニコラウス・コペルニクス, ルネ・デカルト, ガリレオ・ガリレイ, ヨハネス・ケプラー, そして近代物理学の父アイザック・ニュートンなどの天才自然哲学者たちであった。彼らは, 観測と実験, 数理科学(微積分や幾何学)などの革新的方法を発明して科学の分野に輸入したのである。科学の客観性と論理的な強さはその賜物なのである。
■ 近代物理学の方法- 帰納法と発想法
哲学者フランシス・ベーコンは, 近代科学の方法として観測・実験そして帰納法を重視したことで有名である。確かに,
これらは近代科学を象徴するものとして語られることが多い。
一般に, 物理学は多様な自然現象を観測し, 「帰納法」を用いてそれらを統一的に解釈し, 体系化する学問であると捉えられがちである。確かに, 観測・実験と帰納法は, 科学を特徴付ける際に非常に重要であるのだが, 実際に物理学が用いている方法は「帰納法」ではなく, 「発想法」であることに注意しなくてはならない。
「観測」された多彩な自然現象を論理的に説明する「仮説」が提示され, その仮説の真偽を検証するために「実験」を行い, 仮説が正しいらしいと判断されることで初めて, 仮説は物理学の理論として認められる。更に, その理論が「法則」であるのか, それとも「原理」であるのかが十分に吟味され, 理論の体系化が遂行されるのである。この際, 仮説の提示は帰納法ではなく, 発想法によって行われる。例えば, ニュートンがケプラーの天体の運動と, ガリレイの地上の運動を, 万有引力という概念において統一的に説明したことは, 「万有引力」という概念を思いついた, 「発想」したことによるのであって, 既知概念の範疇で行った帰納法では決してない。そういった意味で, 数学や論理学における帰納法は, 物理学にとって本質ではないだろう。
■ 仮説検証の不完全性と反証可能性
先に述べたように, 物理現象が何らかの仮説によって説明できる場合, その仮説が真らしいと確かめる方法が実験である。だが,
実際は, 仮説を検証するための実験が不完全であり, 仮説が真であるかを確実に示すことは不可能である。例えば,
F という現象が理論的にH という仮説によって説明され, H を検証するために妥当なE という実験を行い,「H が真ならばE において結果R が観測できる」とする。だが, 逆に, 「E においてR ならば, H が真である」という命題は成立するか不明であることから, 仮説と実験結果は必要十分の関係ではないことが導出される。すなわち, 仮説の完璧な検証は不可能なのである。
また, 科学は常に「反証可能性」に対して開いていなければならない。つまり, 仮説が偽であることを証明できる機会がなくては, 仮説は科学とは認められないのである。但し,この場合, 「反証不可能であるからその仮説は偽である」とは言えないことに注意すべきである。
■ 科学の究極の目的
科学の目的とは一体何であろうか。
当然のことながら, 方法は目的に依存する。したがって, 科学に対して用いられた方法は, 科学の目的を達成しうるものでなくてはならないはずであり, 方法から目的を推測することが可能であると考えられる。
先述の通り, 科学革命を成し遂げた科学者たちは, 科学の方法として, 実験や観測を重視し,
数学の厳密かつ客観的な論理体系を導入したのだが, 彼らはこれらの方法を採用する事により,
人類共通の概念を構築したと言える。そこには, ある一定の同一知性と視点を持った生物の共同体内であれば,
信条や思想に関わらず共有できるものを構築したいという願いが見え隠れするように思うのである。人類が共有できるものを創造し,
自然界を知ることは, 「人類のアイデンティティ」の創造と同義である。科学の目的は,
人類が人類を定義し直し, 自分たちが何者であるかを知ることではないだろうか。
■ 物理学の基礎としての力学
物理学が語られる場合, まず力学が取り上げられるのはなぜだろうか。それは, 単純に, 力学には物理学に必要なエッセンスがたっぷり詰まっているからである。例えば, 物理学の探求に数理科学を導入したのは, おそらく力学が最初であると考えられる。さらに,「モデル化」という非常に重要な概念を提供する, 最も基礎的初等的な分野である。確かに, 力学とは観測事実に基づく実証的な学問であるが, 一方で, 基礎的な運動法則の解析の際には, 空気の粘性, バネや糸のたわみ, 物体の体積など, 非常に現実的な部分を無視して理想的モデルが設定される。すなわち, 物理法則の「本質」が何であるかは科学者の裁量によるもので, その判断の下で巧みな捨象が行われるのである。その手法を, 直感的・直接的な巨視的現象を通して学ぶことは, 物理学の初等学習において重要であると思われるのである。