■ 地球上でニュートンの運動方程式を適用することの正当性
ニュートンの運動方程式は慣性系でのみ立式可能である。もし、非慣性系(ある慣性系に対して加速度運動する座標系)で適用するならば、慣性力を導入しなければならない。
地球上に固定された座標系を考えると、地球が回転運動をしていることから明らかに非慣性系であると分かる。(別章で述べるが、回転座標系においては「遠心力」と「コリオリの力」という2種類の慣性力が発生する。)
したがって地球上で慣性力を導入しないでニュートンの運動方程式を立てるのは、基本的にご法度であることがわかる。
しかしながら、遠心力やコリオリの力は、日常的なスケールの現象へは僅かな影響しか及ぼさないため、多くの場合では無視して運動方程式を立てることが可能なのである。
■ 「原理」か「法則」か
ところで、ニュートンの運動法則はその証明不可能性から、本来は原理として見るべきものである。ここでまず、本題に入る前に「原理」「法則」「定義」に明確な意味を与えることにする。
| 「原理」 |
とは、何からも導出されない証明不可能なもの。特に、物理学においては自然現象から帰納された複数の法則を統一するものとして捉える。 |
| 「法則」 |
とは原理の上に展開されるもの、つまり原理によって説明されるもの。 |
| 「定義」 |
とは人間が恣意的に決めた数学的な約束。 |
したがって、表題にもあるように、証明不可能で、より上の階層の原理を持たないニュートンの運動3法則は「原理」として位置づけるのが妥当である。これらのニュートンの運動に関する3つの主張は、古典力学の範囲においては明らかに「原理」として位置づけることができる。
だが、量子論と並んで現代物理学の基礎であるアインシュタインの相対性理論の範疇では、ニュートン運動方程式が誤りであることが証明されている。すなわち、ニュートンの運動方程式に対して反証が挙げられたために、これは原理から降格することになる。先に述べたように、原理から降格した場合、それは「法則」として位置づけられるのであるが、ニュートン運動方程式の場合は少し事情が異なる。法則は「真」でなければならないのであるが、ニュートンの運動方程式は「偽」であると示されたのであるから、法則として位置づけるのにも抵抗があるのである。しかし、科学の主体である人間が感知しうるレベルでの動力学を説明するためには、ニュートンの主張は真であるとみなせる。つまり、ニュートンの運動方程式は、反証が挙げられているために原理ではないが、その上に立つ原理を持たず、特定の条件下で近似的に運動を記述できる点で、限りなく原理に近い近似的法則と言えるのだろう。
但し、ニュートンの運動方程式は、現代においても非常に強力であって、決して過去の遺物ではないことに注意したい。
以降、特に必要な場合を除いて、ニュートンの力学に関する3つの主張は、慣習に習って「法則」と書くことにする。